朽ち果てるまで
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国の重要文化財、有章院霊廟 二天門(以下、二天門)です。
徳川家の菩提寺の一つ、増上寺のかつての施設の一部です。
江戸時代、増上寺の規模は今よりもはるかに大きく、装飾も日光東照宮に負けず劣らず悪趣味…
失礼、業火絢爛なものだったそうです。かつての写真や、この二天門がその名残を伝えています。
では、なぜ二天門含め、一部を残して縮小・再建せざるを得なくなってしまったのか。
答えは1945年にあります。
1923年から立ち直った東京の街並みの多くは二度目のリセットを余儀なくされました。
二天門は老朽化こそ進んでいるものの、奇跡的に消失を免れたとのことです。
それから60年以上を経て、東京は世界有数の大都市になりました。
一方で、この二天門のような貴重な遺構や庭園を除き、1945年、もしくは1923年以前の
古い建造物をなかなかお目にかかれない、残念な都市でもあります。
現在の東京は人口は増加、電車は満員、道路は渋滞、空気は汚い、コンクリートジャングル。
時代の違いはもちろんあると思いますが、江戸〜大正期とあまりに世界観が違うのが残念です。
災害のあった地域において、そこに住み、生活する方々がいらっしゃる以上、
復興を急ぐのは当たり前だと思います。
ただ、その方々の生活環境を考えずに「さっさと作っちまおうぜ」的な考え方は
いかがなものかと、私は思います。
アルバム: 東京散策
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